【赤星因徹】本因坊丈和 吐血の局【本因坊丈和】

本因坊丈和 吐血の局

解説

 天保6年(1835年)に浜田藩の家老で安井家門人(二段)でもあった岡田頼母が老中松平周防守に碁会を勧め、松平宅にて碁所で御止碁となっていた丈和も含めた手合を組む。因碩は丈和を名人位から引き摺り下ろそうと、弟子の赤星因徹を丈和に挑ませる。
もしこの対局で赤星が勝てば、丈和に名人の資格無しとして公儀に訴え出る算段であった。

赤星の実力は確かなもので、いったんは優勢に持ち込むが、丈和は有名な「丈和の三妙手」を放ち、赤星を下した。
この対局中赤星は血を吐き、その後26歳で死去。ここからこの一局を「吐血の局」と呼ぶ。
これにより因碩の野望は砕いたものの、林元美の八段昇段の内約を破ったことの訴えなどがあって、天保10年(1839年)に碁所を返上して引退。元丈の子である丈策に家督を譲った。

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